#小牧市 の住民投票の行方が心配です。#公設ツタヤ問題

たけお問題・公設ツタヤ問題にも3年のとどです。(もうすぐ3年半ですよね)。
公設ツタヤ問題に限っても武雄市図書館の選書リスト発覚から、小牧市の住民投票実施決定、海老名市の「シリコン製タジン鍋」と炎上が続いておるところでございます。
そんななか10/4の住民投票が決まった小牧市で図書館を考える会の街頭アピールがあるってことで急遽行ってきましたので、その簡単レポートというか、感じた点を。

とにかく「反対」ありきの運動はマイナスです

今回の小牧市の住民投票は、小牧市が今進めている「新図書館計画」について賛否を問う形になっており、いわゆる「TSUTAYA図書館」にしたくなければ「反対」に票を投じなければなりません。しかし、住民投票の趣旨が十分に浸透していないなかで「反対」を大きく前に打ち出すと、「新図書館の建設そのものに反対」しているように誤解されます。(断定)
住民投票まで日数はありませんが、図書館の本来の意義や、市民の声を集めた平成21年の基本計画と今の建設計画が大きく異なっていることを丁寧に説明し、住民投票の意義についての理解を広めることに注力すべきだとおもいます。

「図書館」は党派や主義主張を超えたところにあるものです

住民投票で「賛成多数」になるには世の中の多数派の賛同を得る必要があります。世の中の多数派という表現は難しいですが、いわゆるサイレントマジョリティと呼ばれるような人たちでしょうか。あるいは消極的な保守勢力とも言えるかもしれません。そういった人たちは「たたかい」とか「勝利」とかそういう言葉は好みません。街宣行動も好まないでしょう。

もしも、今のスタイルの「反対運動」を今後繰り広げるならば、そういう世の中の多数派の心は離れるばかりで、結果として「賛成」に票を投じることになるでしょう。例えば革新系の政党が大選挙区制でいくつか議席を取れればいいという話ではなく、劣勢の小選挙区で支持基盤外の票をどう取り込むかということに重点を置かねばなりません。

例えば、シュプレヒコール一つとっても、
「私達の図書館」→「市民一人一人のための図書館」
としないと、聞く側は「私達」と自分は違うと感じます、そして心は離れます。

私の個人的な意見ですが、図書館を商売道具にも政争の具にもしてもらいたくないものです。